大判例

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名古屋高等裁判所 昭和27年(う)845号 判決

控訴人 被告人 荒川利光

弁護人 伊藤静男

検察官 浜田善次郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

理由

本件控訴申立の理由は被告人及弁護人提出の控訴趣意書記載の通りであるから右の記載を引用する。

弁護人の控訴趣意書第一点に付いて。

記録を精査するに原審第一回公判廷に於て被告人の弁護人は被害者が被告人の亡妻の妹で三親等内の姻族であり被告人と同居の関係あり刑を免除せらるべきもの云々と主張している(其後第五回公判廷に於て公判手続更新せらる)。之に対して原判決が何等判断を与えていない。右は本件起訴状記載第一の被害者山田文子に関する窃盗の事実は刑法第二百四十四条第一項前段の同居の親族の間に於て窃盗罪同未遂罪を犯したる場合に該当し刑を免除せらるべきものと主張するのである。而して「刑の免除」と規定する右の場合が文字通り刑の免除の規定であるか犯罪の成立を阻却して無罪の言渡をする規定であるか又は消極的処罰条件として訴訟法上免訴の言渡を為すべき場合に該当するのかその本質に付て種種の考方があるようであるが少くとも之が存否は犯罪の特別構成要件の問題にあらず又訴訟要件にあらざることは規定の構成上明かでありその主張あるとき之は単なる構成要件の認否ではなくその主張が採用されるときは窃盗の特別構成要件を具備するものあるに拘らず被告人は窃盗罪の刑罰から完全に免責されるのである。従つて斯の如き主張は刑事訴訟法第三百三十五条第二項の主張に該当するものと云うべきでその主張あるときは必ず判決に於て該主張の当否に判断を与えなければならない。この判断を与えなかつた原判決は理由不備として破棄を免れない。

依て刑事訴訟法第四百条第三百九十七条を適用して原判決を破棄自判する。

当審の認定した事実及証拠は原判決記載の通りであるから右の記載を引用する(但原判決事実記載の犯行日時の中第二を昭和二十四年十二月十一日第三を前同月十七日とし騙取した物の中から原判決第二の米麦を削る)。

弁護人の抗弁に付ては被害者山田文子の姉きみ子は昭和九年五月十八日被告人と正式に婚姻届出其後昭和十二年十二月死亡しているのでその後本件第一犯行までに民法第七百二十八条所定の特別事情が生じていないので被告人と被害者山田文子の間には第一犯行当時三親等内の姻族関係は存続していたものである。而して当時両者同居の事実の有無に付ては山田文子が昭和二十四年十一月十日頃から同年十二月二十日過まで同人の夫山田茂と子供の三人で名古屋市北区水切町六丁目九十八番地水谷貞子方の一間に間借していたとき被告人が右第一犯行の前から後にかけて右の間借先へ来て若干の例外を除いて殆ど毎晩寝泊していたことが認められるが之は当初被告人が夜分十時頃来て泊めてくれと云うことで泊り翌朝出て行き左様なことを繰返して犯行当時に到つたもので継続的に生活を共同にする意図は双方になく被告人は寝具その他の荷物を持込んだこともなく一、二度朝飯を出した事はあるが其外食事を共にしたこともなく生活費の支出を被告人が負担したことも殆どなく山田方で被告人に一晩毎に頼まれて寝泊りの場所を与えたと云う以外に共同生活の実は何もないと云うべきで刑法第二百四十四条の同居の要件は充して居ない。従つて判示第一事実は前同条の前段には該当せず後段の親告罪に該当し之に付ては昭和二十五年一月二十八日告訴調書を以て山田文子から告訴がなされ右の告訴乃至告訴調書の作成は告訴人の自由な意思と真実告訴の意思を以て為されたことが認められるので右第一の窃盗に付て刑法第二百四十四条第一項の前段後段の何れにも該当せざるものと云うべきである。この点に関する弁護人の主張は採用出来ない。

以上で弁護人控訴趣意書第二点の前半の失当たること前判示説明で明かである。又右第二点後半の原判決第二事実の関係中米麦の食料品に付て記録を調査して弁護人の主張を正当と認め前掲記により明かな如くそのように原審の認定を変更したので再びその判断を繰返さない。

法律に照すに被告人の判示所為中窃盗の点は刑法第二百三十五条に詐欺の点は同第二百四十六条第一項に各該当し尚被告人には昭和二十五年三月二十日名古屋高等裁判所言渡(同年四月三日確定)窃盗懲役一年六月の確定判決があり従つて本件窃盗詐欺は刑法第四十五条後段第五十条の併合罪となり刑法第四十七条第十条に則り最も重き窃盗罪の刑に法定の併合加重を為したる刑期範囲内に於て量刑処断すべきところ被告人の控訴趣意書及弁護人の控訴趣意書第三点の量刑不当の主張を採用し被告人を懲役一年に処すべきものとし主文の如く判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 高橋嘉平 判事 赤間鎮雄)

弁護人伊藤静男の控訴趣意

一、原判決には理由不備の違法がある。

刑訴法第三三五条に依れば法律上刑の加重減免の理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければならないと規定されている。而して本件に於ては、弁護人は控訴事実第一の窃盗の事案は、被告人と被害者たる山田文子とは親族であり而も同居していたのであるから刑法第二四四条により刑の免除あるべきであると主張しているから、これに対しては当然判決理由中に於て判断さるべきところ原判決には此の点何等の判断が示されていない。

されば原判決は理由不備を免れない。

二、原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな事実誤認の違法がある。昭和二十五年一月十九日附山田文子の上申書(一七丁)中の「荒川は私等一家が名古屋市北区水切町六ノ九八水谷貞子方に同居する様になつてから私方に寝起する様になりました」の記載

同人の公判廷に於ける証言(七四丁以下)「荒川は昨年の十一月半ば頃から毎晩の様に十時過に私方に泊りに来て朝出て行きましたが十一月二十三日迄の間に二、三日位泊らなかつたこともありました」「其後十二月十日頃夫が警察に検挙されてからも泊りに来た。食事は朝の食事はたまたま私方で出してやつたこともある」「荒川は始めのうちは泊めて呉れと云つて来ましたが終には私方でも黙認して居りました」等の証言。並に荒川が当時山田文子方以外に他に住居を有していなかつた事実、山田文子方は六畳一間で被告人はその同じ一間に寝泊りしていたのである事実、被告人は別に家賃等支払つていたのでない事実等を総合勘案すれば、判示第一の事件当時被告人は被害者山田文子方に同居していたとみるのが普通の社会通念である。

従つて、被告人としては本件窃盗事案は刑の免除あつて然るべきである。されば此の点、判決には事実誤認の違法がありそれが判決に影響を及ぼすこと明かである。

次に、判示二の詐欺事実に付ても山田文子の証言(七七丁)被告人の公判廷供述等よりすれば、被告人は食料品については事実取つてくることを依頼され居り而もそれを山田文子に渡している事実が認められる。されば此の点に於ても原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな事実誤認の違法がある。

三、原判決の刑の量定は重きに失したものである。(一)本件事案は凡て親族間のものである。(二)被害者山田文子と被告人とは当時同じ部屋に寝泊りしていたのであり親族関係にあつたものである。(三)被害物品衣類は凡て右山田文子に返還されている。(四)被害者山田文子は衣類が返つて被告人に対しては全然処罰を望んでいない。(五)本件は一審で審理が四月以前に終了しているから、本来減刑の恩典に服しうる事案であつたこと。此等の諸点よりすれは原審が被告人を懲役一年六月の実刑に処せられたのは不当であると思料する。

被告人荒川利光の控訴趣意

一、私の此度犯したる犯罪の動機は昭和二十四年名古屋市北区大杉町二ノ三番地にて菓子卸小売し、各拘置所にも菓子を納入して居りましたが事業上の失敗の為突然店を始め家具を取られ其の日から食う事も寝る家も無く路頭に迷つてしまい少しの間は友人を頼んで泊つて居りましたが此処で永くは出来ず困つて居りました。

二、其時私の亡妻君子の実妹の山田文子に会したので自分の現在困つて居る事を話した処同情して其晩から妹の家に行き妹の主人山田茂に面会し頼んだ処山田は私達親子三人も事情有つて岩倉から配給も持参せず此家に同居して居る故兄さんも出来るだけ金を都合して食料を買入れ共同に暮して行く様に申しました故私も都合出来無い時などは自分の配給を他人に弐ケ月分も前売して其金で食料を買入れ一緒に食事をして居りました。山田が悪事をし名古屋拘置所に入りましてからは私も急に三人分の生活費を都合せねば成りません。本当に困つて誠に悪い事と知りつつ妹の不在中調書上に有るが如き犯罪を三回致してしまいました。今に成つて先祖を始め家族の者に対しても面目無き有様であります。

三、山田文子には私が拘置所に居る中自分の実弟荒川正光が物品を始め御金も全部返し以後現在まで仲好く親類として交際して居ります。

四、私が本事件にて拘置所に居る中に長男光敏が交通事故にて死亡致しました時も生前に面会出来ず後実弟正光より聞きました時に光敏も死ぬまで私に面会したく私の名を呼びつつ死んで行つたと聞き私も子供の処に居つてやれたれば此様に子供に淋しく死なせずとも十分に慰てやれた事と思い二度と悪い事は致しませんと死んだ子供や神に誓い以後は何一つ悪い事はせず真面目に働いて居りました。

五、今日にては生活の安定も出来まして自分に唯一人残された娘真佐子当年拾五才と淋しき乍らも楽しく暮して参りました。此後とも現在の職業時計部分品製作(此は父の代より致し居りし仕事)をして居れば将来生活の心配は無く再び今回の如き犯罪を致す心配は有りません。

六、本事件は以上申上げました如く親類関係で有りますし金銭上にも全部返済して先方には一銭も迷惑を掛りて居りません。

七、現在家で唯一人淋しく私の出所を一日千秋の思いで待つて居ります娘真佐子にも御同情下され一日も早く親子二人楽しく働ける日の再び参ります様に今一度御同情ある裁判を御願申上げる次第で有ります。

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